田辺聖子の恋愛小説は10代の頃のわたしの、恋に憧れるような、どきどきする気持ちをいつも彩ってくれました。
若い頃はいろいろなタイプの恋愛小説を読みまくったものですが、おせいさんの描き出す世界は、質感があるんですよね。
ぎっしりとした触り心地というか、目の前に広がる世界の重厚さというか。
女性の視点から、登場する男性の魅力が描かれることが多いのですが、見た目の描写というよりも、その人に立ち昇る雰囲気や佇まい、その生きざまから見え隠れする愛嬌や内に秘めている情熱や、ちょっとしたずる賢さといったものが、まざまざと手にとるように見えて、それが物語の奥行きを生み出すのです。
人の心のなかで移り変わるもの。
愛おしさや、それに反する苛立ち。
私たちの誰もが日常の中で感じるであろう、愛おしい相手との葛藤や、軋轢やすれ違い、惹かれ合う過程がしなやかに紡ぎ出されます。
本書は恋愛小説の短編集。
恋人同士だったり、夫婦だったり、叔母と甥だったり、なんと呼んでいいのか非常にビミョーな関係だったりする、さまざまなカップルが登場します。
彼らがこれまで紡いできた関係から、次の関係へと変わるかもしれない、日常のあるひとこま。
そこにはドラマティックなイベントも、思いがけないハプニングもほとんどなく、淡々と過ぎていく日常が描かれているのですが、そこで起こり得る、ちょっとした心の移り変わりがあるのです。
わたしたちの心の変化もそのように、何かのイベントでいつも変わるわけではなく、淡々とした日常の積み重ねの先に、ちょっとした変化がやってくるものなので、そのあたりが本当に「うまいなあ」と関心させられます。
1話分も短くて10~15分ぐらいで読めてしまうショートストーリー。
ちょっとしたお茶の合間の気分転換に、こういうのを読むのって楽しいですね。
登場するカップルの男性陣がみんな関西弁で話すのですが、それがまた標準語とは違った味わいというか、愛おしさがあって、良いですよ。
カップルの数だけ、そこにはさまざまなふたりだけの物語があるのだなと思います。
表題作は映画化されていますが、ジョゼと恒夫の独特のバランスの不思議な関係も興味深いですよ。
田辺聖子の小説では源氏物語のシリーズや、古代史が好きな人には「隼別王子の叛乱」もオススメです。共に10代の頃にドキドキしながら、何度も読み返した恋愛物語です。