ノスタルジア

母の実家が岩手県の水沢というところにあります。いまは奥州市と名前が変わりました。奥の細道の奥州ですね。風情があって、美しい名称だと思います。

母の家は農家で、古い日本家屋。母が小学3年の時に建てたというので、もう還暦を過ぎていますね(笑) 昔は家で牛を飼っていたので牛舎もあったけれど、今はそこは改築されて、農作業をしたり、農機具をしまう納屋になっています。

わたしは子どもの頃から、このおうちで過ごすのが大好きでした。母が里帰り出産したので、ここはわたしの生まれ故郷でもあります。そのせいか、おばあちゃんも、伯父さんも、伯母さんも、従姉妹たちも、内孫のように可愛がってくれました。

普段、住んでいた横浜の家は、商売をしているので大人たちはみんな忙しく、長期休みになると、子どもたちだけで岩手の家に送り込まれたものです。東北新幹線が走る前は、特急で6~7時間乗り継いで、小学校低学年の兄弟だけで岩手へ行かされました。なかなかチャレンジャーですね。

 

岩手のおうちには、おばあちゃんと伯父夫婦、従姉妹が住んでいて、すぐ近所には別の伯父や従姉妹たちも。夏休みは従姉妹が大集合して賑やかに過ごします。

お盆になると30人もの親族が集まって、それはそれは賑やかでとても楽しいものでした。

 

山に囲まれた土地には、東北の夏のやわらかな太陽の光が降り注ぎ、ほんのりと色づいた稲穂がさざ波のように風に揺れて、樹々がむせかえるような鮮やかな色と匂いを放っていたことを思い出します。

蟻の行列、ひらひらと行き交う蝶々、合唱を続ける蛙、そこかしこに自由に止まっては飛び立つ蜻蛉たち、たくさんの鳥たち……わたしは人と建物がせわしなく、機械的に動いているような横浜よりも、その土地が大好きでした。

目を瞑ると思い出すことができる、わたしにとってのノスタルジアですね。

お盆が終わると大人たちは働きに出かけて、おばあちゃんは畑へ。そして従姉妹たちの学校も関東より一足早く再開すると、わたしはひとりでお留守番です。

幼いわたしの遊び相手は草木や虫たち。キラキラと光って、空気中や、水中や、地中に宿っている自然の精霊たち……そして、埃っぽい納屋や、日の当たらない奥の部屋にいる妖怪たち(笑)

みんなが不在の午前中、わたしは暗くてじめじめとした、奥の部屋で過ごしたものです。

箪笥の影にいるのは、小さくて黒くて、もじゃもじゃしている丸い子。床の間の掛け軸の前にドーンと座っているのは、大きくてのっそりとした動きの遅い子。

そして、ごくたまに遊びにやってくる、おかっぱ頭に赤い服を着た、他の人には見えない女の子。

彼らと遊ぶひとときは、濃密で不思議で、誰も知らない、誰にも邪魔されない、秘密の豊かな時間でした。わたしは彼らと何時間でも飽きずに遊んでいたものです。

それがいつからか、彼らをあまり見かけなくなり、わたしの方でも、そのことをさほど気にしなくなっていました。わたしの心は成長するにつれて、他のさまざまな遊びや友だちや現実の難しさで手一杯になり、彼らを思い出す余裕をなくしてしまったのでしょう。

わたしと彼らのあいだには川が流れ始めて、その川幅は年々すこしずつ広がっていき、そしてそれはやがて、岸のあちらとこちらに世界が分けられてしまいました。

しかし、それに気づいたときには、もうそれを悲しく感じることもないほど、わたしと彼らの心は離れていたのです。

そして、そんなこともすっかり記憶の彼方になっていた、大人になってからもだいぶ経っていた、あるとき。霊視のできる友人が、ほとんど唐突に言ったのでした。

マーリちゃんを守護していて、いつもそばにいる妖怪がふたりいるみたい。大きい子と小さい子

それを聴いた瞬間に、パッと浮かんだのは彼らの顔。

古い古い友だち。薄暗い、陽の当たらない部屋の、秘密の濃密な時間。

彼らはいなくなったのではなく、わたしの一部になっていたのだ!!

 

いまも彼らが共にいてくれるのだという「検証しようのない事実」に、心が踊りました。

わたしのノスタルジアが、彼らの存在を心のなかに留め、そして彼らもまた、それに応えてくれているということが、なんだかとても有難く、嬉しく感じるのでした。

そんなわけで、わたしにはふたりの守護妖怪がついているそうです(笑)

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