少子高齢が急速に進んでいる日本では現在、未来に対する課題を多く抱えており、そこには漠然とした不安が横たわっているように感じられます。
どうなるかはわかりませんが、日本人の勤勉で調和的で器用な気質をもってすれば、多少これまでより貧しくなったとしても、それなりにコンパクトに生活を工夫して楽しんで そこそこうまくやっていくのでは?と 私は考えています。
元々、宵越しの金を持たずに100万人もの人たちで、完全なるリサイクル社会を江戸時代に作ってきた日本人ですから、人々は頼もしく、アイデアを出し合って、上手にやっていくのでしょう。
私たちにとって「なにが幸せであるのか」を、考えさせられる時代ともいえそうです。
こちらの小説「すばらしい新世界」は、今からおよそ 90年前の 1932年に発表されたディストピア小説。
1932年って、昭和7年です!!
日本が大陸に満州国を作り、ドイツではナチスが台頭して、世界がきなくさい方向へと向かいつつあった頃。
イギリスで発表された本作の舞台は西暦2540年のロンドン。2049年に起こった「九年戦争」という最終戦争の終結後、全世界から暴力をなくすために安定をモットーとした世界が作られたという設定です。
それ以前のすべての歴史と宗教は抹殺されて、それらを知る文化人も絶滅した世界。
ディストピアとは ユートピアの反義語で、反ユートピア、反理想郷ともいえる世界。
ここに描かれる、暗黒世界とはいかに….!?
物語はロンドンにある孵化・条件づけセンターから始まります。
そこでおこなわれているのは人工受精。そして受精卵に対する条件づけ。
この世界ではすべての人間に親はおらず、全員が工場で生産されるプロダクトのようにセンターで誕生するのでした。
それも受精卵の段階で、5つある階級のどれとして人生を歩むのかが決定づけられます。
指導者階級のアルファやベータ生まれは政府の要人になったり、 教授になったりします。
ガンマ・デルタ・エプシロンは労働階級。
知的レベルが向上しないように受精卵から幼児の段階までに血液にアルコールが混ぜられたり、 酸素の供給が減らされたりします。
アルファとベータはひとつの受精卵からひとりの人間が作られますが、ガンマ以下の階級では「ボカノスキー法」なる手法を用いることで、最高96個にまで受精卵を分割させるため、一卵性九十六生児が誕生します。
96人のそっくりにコピーされた人間が、単純肉体労働を強いられるのですね。
最も階級の低いエプシロンは危険な場所での過酷な肉体労働を生涯することになりますが、特筆すべきは「それが最高」だと、すべての階級において条件づけがなされているため、人類の全員が、おのれの生き方に満足をしていること。
「知識階級に生まれたら毎日むずかしいことを考えて、たくさんの勉強しなくてはいけない。労働階級で本当に良かった」
誰もがみんな、自分の条件づけられた生き方や考え方に疑問を感じず、満足のいく人生を送るのです!!
また、この世界では受精卵の段階で、生殖機能が働く人間は一部のみとされて、他のすべては不妊処理がなされて誕生します。
そのため自由に恋愛と性の快楽を楽しんでも、関係に深入りすることはなく、結婚することも、家族を持つこともありません。
死の恐怖もあらかじめの条件づけによって回避されます。
もし人生に疑問を持ったり、不快なことが起こったりした時は、ソーマを飲むように推奨されます。
ソーマはこの世界で頻繁に使われ、飲み物や食べ物にも混ぜられたり、労働階級の人たちは1日の終わりにご褒美としてもらえたりする、合法のドラッグのようなもの。
飲めば気分はすっきり、イヤな記憶もすべてリセット。
アルコール代わりに常用されています。
そんなすべてが完璧に管理されている世界に「未開人のジョン」がやってくることで、どちらの世界がより人間らしいのか、私たちは考えさせられることになるでしょう。
ジョンはネイティブ・アメリカンの居留地のようなところに住んでいる青年です。そこは この世界における「野蛮人保存地区」であり、昔ながらの、つまり通常の家族や関係や労働や自由意志といった概念が存在している地域。
そこに暮らしていた青年ジョンは、文明世界から逃げ出した母と、野蛮人保存地区の父を持つハーフ(?)で、野蛮人保存地区において異端扱いされています。
そんな彼が、文明世界へとやってくるのですが、まるでブッシュマンを見るかのような珍しさで、彼は見る文明人たち……。
人間らしさや自由意志、愛や尊厳など、いろいろなことを考えさせられる物語ですが「本当にこれがディストピアなのだろうか?」と思わずにいられません。
そこにはあらゆる苦痛や不快さとは無縁の、トラウマや自己否定のない世界があります。
ぜひ、みなさんも90年前に書かれたこの物語を読んで 「本当の幸せとは何か」を考えてみて下さい。