江戸脳の話

それが始まったのが、はたしていつのことだったのか、はっきりと覚えていないのですが、大人になってからというのは確かです。

でも、高校生の頃からいま覚えば、その兆候はありました。

わたしは当時、お琴を習っていて、歌舞伎を観に行くのが好きな女子高生でした。

なんだか忘れましたが、江戸の街を舞台とした舞曲を観ていたとき

「あれ、ここ知ってるかも」

やけにクリアに、はっきりとそう感じたのです。

江戸の街並みも、雰囲気も、空気感も、匂いまで……なんだか不思議な感覚と共に、まざまざとそれがよみがえってきました。

 

それはまた、別の江戸を舞台とした時代劇を観に行ったときにも起こりました。

「あれ、この場所、知ってる……」

実際に行ったことのあるような既視感です。

その舞台の向こうに続いている景色まで思い描けるようなリアルさで「一体、この記憶はなんだろう?」と思ったものです。

だって、実際のわたしは知らない、記憶にない場所なのに、わたしの身体はそれを知っているかのように思い­出せるのですから。

しかし、そんなことだけをいつまでも考え続けていることもなく、すっかり忘れていたあるとき。

東京のどこかの駅の地下で、カップルとすれ違ったのです。

女の子の方は忘れたけれど、男の子の方は肩ぐらいの長めの髪に、Tシャツ姿で、携帯で誰かと喋っていました。

ただそれだけの、どこにでもいそうな変哲もないカップルなのに、わたしはめっちゃガン見して、すれ違ったあともわざわざ振り返って、ずーっと見ていたのです。

なにがそんな気になったのでしょう?

それは男の子のおろしっぱなしの長い髪であり、Tシャツという服であり、持っている携帯電話でした。

あの子はなんであんな格好をして、あんなもので遠くの誰かと連絡をとっているのか……?

なんとも言えない、不思議な違和感が膨れ上がり、そのあとに、ふと理解がやってきました。

「ああ、今は江戸じゃないもんな」

????

そう思った自分自身に対して、今度は軽いパニックです。

江戸じゃないって、なんだよ!? どういうこと!?

そうだよ、今は平成の現代(令和になる前でした)。江戸じゃないよ。

どうしてわたし「江戸じゃない」って思ったの!?

本当にどうしてだか、自分でもわからないのです。

しかし、あのカップルを見て感じた違和感というのは「江戸風でなかったこと」だったのです。

そのときのわたしの頭にあった一般的なカップルとは、和服で、川沿いをそぞろ歩き、日が暮れたら真っ暗で、ひとたび別れたら次に顔を見るまで連絡手段など何もない、というものでした。

だから携帯で喋っているカップルの男の子を見て「なんで、遠くの人と連絡がとれるんだろうか」と、一瞬、わからなくなったのです。

そして、ふと「今が江戸じゃないこと」に気づき、そして、そう思っている自分にびっくりしたのでした。

それからもこの現象は、まったく気を抜いている時に、たびたびやってきました。

あるとき羽田へ向かう飛行機に乗っていて、眼下に夕暮れ時のキラキラと光るビルを見下ろしていると「ここはどこだ!?」と急に思ったのです。

その時のわたしの頭に浮かんでいた東京の街並みとは、薄汚れたバラックのような、半分壊れかけたガタガタと鳴る粗末な建物が、お互いにもたれかかって、どうにか倒れずにいるものが延々と続き、その前を通る道には土埃が舞い上がる、どこもかしこも茶色くザラッとしていて、そこに遮るもののない夕日が鮮烈にさしこむような光景でした。

それが眼下のピカピカの高層ビルとまったく噛み合わず「???」 となったあと、ふいに理解したのです。

ああ、そうだ、今は江戸じゃなかった」と。

この、唐突にわたしの脳にやってくる江戸の記憶のフラッシュバック現象を「江戸脳(えどのう)」と名づけてみました。

江戸脳が発動するタイミングは「1人でいるとき」「東京にいるとき」「疲れているとき」という条件が重なったときが多いのですが、いつなるのか、まったく予測できません。

2~3年、起こらないこともあるのですが、忘れた頃に唐突にやってくることもあるのです。

これは過去生の記憶なのか、妄想の産物なのか、江戸の人の霊に憑かれているのか、ボケが始まったからなのか、わかりません。

しかしあの実に奇妙な、自分が一瞬どうして現代にいるのか、わからなくなる感じは、なかなか独特で、味わい深いのです。

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