『ザリガニの鳴くところ』 / 著 ディーリア・オーエンズ

全米500万部のベストセラーということで、読むのを一瞬ためらったりもしたのですが(笑)ひとたび読み始めたら止まらず、ノンストップで最後まで突っ走ってしまいました。

全編を通して、自然の息吹が、静かで圧倒的な光景が目の前に広がって、タイトルである「ザリガニの鳴くところ」=「生き物たちが自然のままに生きる場所」の、生々しい鼓動や泥の撥ねる感触までが伝わってくるかのようでした。

主人公は湿地に暮らす少女・カイア。

舞台は1950~70年のアメリカ・ノースカロライナの架空の村です。

その村のはずれの湿地沿いにある粗末な小屋に住む、両親と5人の子どもたち。

カイアは最年少の娘で6歳。

物語は、母親が小屋を飛び出していった日から始まります。

それを追うように年長の兄や姉も次々と家を出てしまい、残れされたのは、すぐ上の兄と、いつも酔っぱらっていて、不機嫌で、気に入らないと家族に手をあげる父親だけ。

その兄も父親に耐えられず、出て行ってしまうと、幼な過ぎて、ひとりで出ていくことのできないカイアだけが、依存症の父親と共に湿地に残されます。

湿地のほとりに住む者たちは、みんな訳ありで、村の者たちから、こう呼ばれていました。「湿地のトラッシュ(ごみ)」と。

社会福祉事務所の人間から学校へ行くようにうながされ、給食の食べたさに行ってみたけれど、子どもたちから馬鹿にされて、カイアはたった1日で行くことをやめてしまいます。

元々、教育を軽んじていた父親は、カイアに読み書きも、数え方も教えず、そして遂には彼さえも湿地を去って、帰らなくなりました。

湿地に囲まれた世界で、ただひとり、家族から置き去りにされた少女。

自然を母として、そこを生き抜いていくカイア。

その不遇な境遇と、圧倒的な孤独に、何度も胸が締め付けられます。

著者であるディーリア・オーエンズは湿地の保全活動をおこなっている動物学者で、彼女が69歳にして初めて執筆した小説が本書です。

紡ぎ出される少女の心情、自然の描写、カイアを取り巻く厳しい環境、そして、ほんのささやかに与えられる愛情。

それらの時に冷酷で、時に圧倒的で、時にきらきらと輝くような美しさに……それはまるでわたしたちが自然と向き合うときに体験するのと同じような感触を受けるのです。

造詣も、描写も、文章の美しさも……なんだかひさしぶりに小説の醍醐味、文字だからこそ味わうことのできる世界にどっぷり浸ることができました。

早く読み進めたいけれど、読み終わりたくないような……カイアと共に湿地に留まっていたいような、そんな気分に何度も陥りました。

物語はカイアが孤独な境遇で、いかに自然と共に成長していくのかというパートと、未来の時間軸で起きている変死体の事件とのパートとが交互に展開し、やがてその時間軸が交錯します。

最後の三分の一は、作者がわたしたちをどこへ連れていこうとしているのか……カイアの危機に際して、なかば祈るような気持ちで、不安と緊張に包まれながら先へ進むことになります。

これ以上、カイアの身の上に不幸が起きたらどうしようという気持ちと、彼女を差別し、侮蔑の言葉を投げ続ける人々に怒りが湧き上がるのと、ささやかに彼女を助け続ける人々の愛に心を打たれるのとで、感情がさまざまに移ろい、そして何度も涙する瞬間がありました。

汚らしい、湿地に捨てられた少女を嘲笑する人たちがいる一方で、彼女に心を寄せて、生き方を応援しようとする、ごく少数の人たちがいる。

自然の摂理と、その自然を体現しながらも、瑞々しい知性を解き放って生きるカイア。

本当に素晴らしく、大きな余韻を胸に残し、そしておそらく何度もくり返し、手にとって読み返したくなる物語でした。

60年代の、まだ差別が色濃く残るアメリカの片田舎の村と湿地に、鮮烈なノスタルジーを感じずにはいられません。

行ったことのない場所なのに、なぜか途方もなく懐かしいのです。

2019年にアメリカで最も売れた本ということですが、私的には間違いなく2020年のナンバーワンになりそうです。

ザリガニの鳴くところ

ザリガニの鳴くところ
著 ディーリア・オーエンズ
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