『日の名残り』 / 著 カズオ・イシグロ

ノーベル文学賞作家の日系英国人、カズオ・イシグロが35歳の時に執筆した小説です。

30年前に刊行されたものですが、イギリスでも権威あるブッカー賞を受賞し、その後、映画化もされました。

そのような素晴らしい作品に、こんなにも陳腐な感想を述べるのもアレですが、妙に萌えるんですよ、この小説。

読んでいて、クスッと笑ってしまうのですが、それは主人公の老執事スティーブンスの至って真面目で完璧な、その真面目過ぎる言動に、時折ものすごく萌えるからです。

舞台は1950年代のイギリス。
かつての名門ダーリントン卿のお屋敷・ダーリントンホール。

過去には数十人の召使たちがいたダーリントンホールに長年、執事として仕え、主が変わった現在でも仕切っているミスター・スティーブンスが語る一人称の物語です。

スティーブンスの父親も執事であり、まさに生え抜きの(?)英国執事。

物語はスティーブンスが現在、仕えているファラディ氏から休暇をもらって、イギリス西部地方へとドライブ旅行をすることになる経緯から始まります。

そして道中を通して、スティーブンスが過去を回顧する形式で、1920~30年代のダーリントン卿が健在だった頃の出来事が展開されていきます。

現在と過去を行きつ戻りつしながら、すこしずつ明かされるスティーブンスの来歴。

執事の矜持や、日常の仕事ぶり、女中頭ミス・ケントンとのやりとり、そして第二次世界大戦前のイギリスのお屋敷で繰り広げられる、秘密裡の国際的な会合……。

その屋敷で繰り広げられる、重要でプライベートな会議や、そこで起こる工作に、スティーブンスは「あくまで執事としての矜持と立場を保ったまま」関わり、采配をふるって、屋敷の運営をつつがなくしていきます。

スティーブンスが追憶する語り口のなかで、巧妙に真実がすりガラスの向こうにあるように感じながらも、私たちは時代が移り変わっていくさまを目撃することになるでしょう。

生真面目で、慇懃で、正しく几帳面なスティーブンが、妙に萌えるのは、その執事としての正しさが魅力的であると同時に、どうにもからかいたくなるような人物として描かれているからに違いありません。

現に、いまスティーブンスが仕えているアメリカ人のファラディ氏は、しばしば彼の言動をからかってみせます。

それに対してスティーブンスは硬直するばかりで、うまく切り返すことができません。

気の利いたジョークのひとつでも返したほうが良いのだろうか」と、生粋の英国紳士だったダーリントン卿に仕えていたときには決して持つことのなかった悩みを、初老を迎えて人知れず持つことになるスティーブンス。

旅の果てに彼が辿り着いた境地と、その光景に、静かで深い感動を覚えます。

タイトルである「日の名残り」と、人生の黄昏時。

派手なアクションも、奇想天外な展開もないけれど、淡々と過ぎていく執事の回顧録を一気に読ませてしまうのがノーベル文学賞作家の凄さだなあと、しみじみと感じる一冊です。

日の名残り

日の名残り
著 カズオ・イシグロ
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